大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

金沢地方裁判所 昭和29年(ワ)173号 判決

原告 森八合名会社

被告 株式会社森八本舗 外一名

主文

被告等は、原告所有の別紙〈省略〉第一目録記載の商標と同一又は類似の標章を使用してはならない。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項同旨、若し右第一項の請求が理由のないときは被告等は森八楼、森八堂、もり八、若しくは森はちとする外、原告所有の右商標と同一又は類似の商標を使用してはならない、訴訟費用は被告等の負担とする旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は明治四十四年十月十二日亡森下八左衛門より両人が祖先伝来の森八の名をもつて寛永二年頃より個人経営していた菓子製造販売業の営業譲渡をうけ、その権利義務一切を承継して設立された合名会社で、爾来森八をその製造販売にかかる菓子類の商標として使用し、その製造にかかる菓子類は全国に森八の名菓として盛名を続けて現在に至り、その間昭和二十二年十一月一日別紙第一目録記載の如く森八の文字よりなる商標の登録を出願し、昭和二十四年七月十三日登録第三七六九七二号でその登録(以下本件商標と称する)を終えたものである。

二、然るところ、被告等は原告の商品の盛名に着目してその冒用を罔り、東京都墨田区業平橋一丁目十四番地に本件商標を冠した菓子製造販売業を始め、東京都京成押上駅前東角に第一売店、同都青砥京成駅前に第二売店、同都市川京成国府台駅前に第三売店、同都亀戸天神前に第四売店、同都東武業平駅前に第五売店を設置し、その製造にかかる最中やその包装紙等に森八の名を附して販売しているので、原告は本件商標権に基いてその禁止を求める。

三、仮りに被告等の使用する森八がその主張のように本件商標の登録以前より取引者及び需要者間に広く認識された標章であつて、且つ被告等が善意に之を使用してきたものであつたとしても、原告は本件商標権に基き予備請求として商標法第九条第二項により被告等が森八楼、森八堂、もり八若しくは森はちとする外、本件商標と同一又は類似の商標を使用することの禁止を求める。

と述べ、被告等主張の本件商標に関し先使用権があるとの抗弁事実を否認し、なお、仮りに被告等がその主張のように本件商標の登録前より森八の標章を使用していたとしても、被告等は原告との不正競争の意思(悪意)で之を使用しているものである。即ち被告森強が終戦後の混乱に乗じ郷里福井県の福井市内において本件商標を冠した菓子製造販売店を始め、原告の他に登録商標である蛇玉の紋を使用したり、原告の製造販売にかかる日本三名菓の一つである長生殿を模造してその名で販売していたので、原告は昭和二十五年十月頃被告森強を福井地方検察庁へ商標法違反で告訴したが、その際同被告は原告に対し、今後本件商標法違反で告訴したが、その際同被告は原告に対し、今後本件商標及び蛇玉の商標の使用、長生殿の製造販売をしない旨確約したので、原告は一応右告訴を取下げた。しかるに被告森強は右約旨に反しその後東京都墨田区業平橋一丁目十四番地に本店を置く被告会社を設立し、請求原因第二項の如く本件商標を使用しているもので、あくまで原告の商品の名声をその営業に利用せんとする悪意から之を使用していること明白であるから先使用権があるとの被告の抗弁は理由がないと述べた。

被告両名訴訟代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、原告主張の請求原因中、原告がその主張のように昭和二十四年七月十三日に本件商標の登録をうけたこと、被告等が森八の文字よりなる標章を使用して菓子製造販売業を営んでいることは之を認めるが、その余の事実は否認すると述べ、更に、

一、本案前の抗弁として、原告の本訴請求は、被告等が東京都内で経営する菓子製造販売業において本件商標権を侵害するとしてその商標の使用を禁止し、且つその損害賠償を請求する(但し損害賠償の請求は訴提起後取下げた)ものであるから、民事訴訟法第一条及び第十五条により、被告の普通裁判籍地又はその不法行為地である東京地方裁判所の管轄に属すること明かで、金沢地方裁判所に管轄がないから失当である。

二、本案の抗弁として、本件商標の登録が有効に存在するとしても被告等の使用する森八の標章は、右商標登録出願前より取引者又は需要者の間に広く認識されており、且つ被告等は善意に之を使用しているものであるから本件商標の登録にかかわらずその使用を継続することを得るのは商標法第九条第一項の規定により明白であるから、原告の本訴請求は失当である。

と主張した。

立証として、原告訴訟代理人は甲第一乃至第二十三号証を提出し、なお同第四乃至第六号証は写であるが原本存在すると述べ、証人小原吉五郎、同渡辺竜、同石井富吉、同小沢富吉、同渡辺武男、同坂野秀雄、同吉田耕三の各証言、原告代表者本人の尋問の結果、昭和二十九年四月二十四日、同年七月二十二日、昭和三十年七月七日、同年九月三十日附各検証の結果を援用し、乙第十一乃至十三号証の成立を認め、その余の乙号各証の成立は全部不知と述べ、被告両名訴訟代理人は乙第一乃至第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一乃至三、第六号証の一乃至三十三、第七号証の一乃至五、第八乃至第十三号証を提出し、甲第一号証の成立同第五、第六号証の原本の存在及び成立を認め、同第四号証の原本の存在及び成立並びにその余の甲号各証の成立は全部不知と述べた。

理由

先ず、被告主張の本訴を管轄違とする本案前の抗弁について判断をする。

一件記録によれば起訴当時における原告の本訴請求は、東京都内に住居を有し菓子製造販売業を営んでいる被告等に対し、被告等がその営業において原告所有の本件商標と同一の標章を冒用しているからその差止を求め、且つ被告等の右商標不法侵害により原告が数百万円の損害を蒙つているので、その内五十万円の賠償を求める旨の二個の請求からなつていたが、その後原告は右損害賠償の請求を取下げたことが明かである。しかしてこのように一つの訴をもつて数個の請求をなす場合、一つの請求についてのみ管轄を有する裁判所にその訴を提起することができ(民事訴訟法第二十一条)、又管轄は起訴の時を標準として定るのであるから(同法第二十九条)併合請求において一つの訴にしか管轄のない裁判所に訴が提起され、その管轄原因となつた一つの訴が後に取下となつても一度生じた管轄に影響がないと解すべきである。従つて本件において原告の商標権侵害禁止の請求の管轄は当裁判所に属せず被告の住所地を管轄する東京地方裁判所に属すること被告主張のとおりであるが、損害賠償の請求については、原告はその義務履行地である原告の住所金沢市を管轄する当裁判所にも訴を提起できたのであるから、その後の取下げにもかかわらず本訴を当裁判所で審理することは適法であり、右管轄違の抗弁は採用できない。

そこで本案について判断を進める。

原告が昭和二十二年十一月一日菓子及び麺麭の類を指定商品とし、森八の文字よりなる商標の登録を出願し、昭和二十四年七月十三日別紙目録記載の如き本件商標の登録を終えたこと及び被告等が森八の文字よりなる標章を使用して菓子の製造販売業をなしていることは当事者間に争いがなく、且つ成立に争いのない甲第一号証、昭和二十九年四月二十四日、同年七月二十二日における各検証の結果によれば、被告会社は東京都墨田区業平橋一丁目十四番地に工場並びに店舗、同都京成押上駅前東角に第一売店、同都青砥京成駅前に第二売店、同都市川京成国府台駅前に第三売店、同都亀戸天神前に第四売店、同都東武業平駅前に第五売店を設置し現在本件商標と同一の森八の標章を附した「最中」等の菓子を販売し、且つ包装紙や各店の看板等にも同標章を使用して営業していることが認められ、更に被告森強は現在被告会社の代表取締役でもあるが、一方個人名義で福井市佐佳枝上町で菓子店を経営していることは別件当庁昭和二九年(ワ)第一五二号周知標章先使用権存在確認事件における昭和三十年二月十日附原告の準備書面の記載により当裁判所に顕著な事実であるところ、昭和三十年七月七日における検証の結果によれば、被告森強が右福井市の店舗において現在本件商標と同一の森八の標章を附した「最中」等の菓子を販売し、且つその包装紙や看板等にも同標章を使用していることが認められる。

しかして被告等は本件商標と同一の森八とする標章を使用するのは商標法第九条第一項の先使用権に基くもので原告の本訴請求は失当である旨抗弁し、原告は之を争うので、その成否につき、右権利の成立要件の一つである被告等が原告の本件商標の登録出願の日以前より右森八の標章を使用していたかどうかの点より判断する。成立に争のない乙第十一乃至第十三号証及び之により真正に成立したと認められる乙第七号証の五、同第八乃至第十号証に前掲各検証の結果を綜合すると、被告会社は昭和二十七年頃被告森強が個人経営で前記東京における店舗、工場及び売店でなしていた菓子製造販売業の一切の営業を承継して設立された株式会社であるが、現在その代表取締役をしている被告森強は、福井県に生れ、十五、六才頃上京して坪屋という菓子屋に奉公し、和菓子の製造技術を習得した上、前記東京都墨田区業平橋一丁目十四番地(当時東京市本所区)で森八と称する菓子店を始め(その営業開始年月日については被告等の全立証をもつてするも明かでないが、前掲各証拠によれば既に昭和十六年項には右森八菓子店を始めていたものと認められる)、森八とする標章を附した最中等の製造販売をし、且つその包装紙等にも同標章を使用してその営業を続けていたこと、その後同被告は昭和十九年頃戦争のため応召出征し、且つその頃右店舗が強制疎開を命ぜられたので一時右営業を中止するに至つたが、昭和二十一年頃復員した上福井市の疎開先において再び森八の標章を使用して菓子の製造販売業を始め、更にその後前示の如く東京でも戦前の営業を再開するに至つたことが認定できる。そして原告の全立証をもつてするも以上の認定事実を覆えすに至らない。従つて被告森強が前示原告の本件登録商標の出願の日以前より、之と同一の森八の文字よりなる標章をその商品、包装紙等に使用していたことは明かである。

次に、右のように被告森強が原告の本件商標の登録出願前より森八の標章を使用していたとしても、いわゆる先使用権が成立する要件としては更にその使用が被告の商品との不正競争の意思(悪意)によらないこと、即ち善意であることが必要であるので、この点について審究する。成立に争いのない甲第五、六号証、証人渡辺竜、同石井富吉、同小原吉五郎、同小沢富吉、同渡辺武男、同坂野秀雄、同吉田耕三の各証言、原告代表者本人の尋問の結果並びに之により真正に成立したと認められる甲第二乃至第四号証同第七乃至第二十三号証並びに昭和三十年七月七日附検証の結果を綜合すると、原告会社は亡初代森下八左ヱ門が寛永二年頃金沢市において森八の屋号で菓子屋を創業し、爾来その子孫において経営してきた菓子製造販売業の営業一切を承継して明治四十四年頃設立された本店を同市に置く合名会社で、大正十五年十一月頃より昭和十九年戦争のため閉鎖するまで東京都中央区室町に東京支店を設けていたこともあり、いわゆる老舗の菓子屋としてその製造販売にかかる菓子は、金沢市の所在する石川県下では勿論、隣県福井県、富山県をはじめ、東京、京都方面に至る各地の菓子業者や需要者に森八の名菓として古くより知れ渡つていたこと、被告森強は昭和二十四、五年頃前段認定の如く福井市において始めた菓子店において単に森八の標章を使用して営業していたばかりでなく、原告所有の他の登録商標である別紙目録第二記載の蛇玉の紋を店舗の看板に使用したり、且つ原告の販売する菓子の中でも特に名菓の誉れの高い長生殿という商標の菓子を模造したりしていたこと、之を見聞した原告会社の代表取締役中宮茂松は昭和二十五年十一月頃被告森強を福井地方検察庁へ商標法違反で告訴したが、その際同人は原告に対し、原告の本件商標と同一又は類似の標章を商品、包装紙等に商標として使用せず、且つ右蛇玉の商標の使用、長生殿の製造販売を一切しない旨確約したので原告が右告訴を取下げたこと、それにかかわらず右森強は右約旨に反しその後再び「森八」の名を商品、包装紙等に商標として使用し始めたことが認められ(被告等の全立証によるも右認定を覆えすに足りる証拠がない)之等の事実と被告森強が前認定の如く福井県出身者であつて、早くより隣県金沢市にある原告会社の森八の名声を容易に知り得たと推認できる事実と考え合せると、被告森強が森八の文字よりなる標章を使用したのは原告の商品の名声を自己に営業に利用しようと図つたもので、畢竟するに、原告の商品との不正競争の意思から之を使用しており、商標法第九条第一項に規定する善意性を欠いているものと謂わねばならない。従つて被告森強は本件登録出願の日以前より森八の標章を使用していたが、その意図は悪意に基くものであるから、同人使用の森八の標章が取引者及び需要者に周知となつていたかどうかの要件の判断を俟つまでもなく商標法第九条第一項所定の先使用権の保護を受けないこと明かであり、且つ被告森強よりその権利を承継したとする被告会社も右先使用権を有しないことは勿論である。

そうすると、原告が登録にかかる本件商標権に基いて被告等が現在右と同一の森八の文字よりなる標章をその指定商品である菓子及び之に準ずる包装紙、店舗の看板等に使用しているとしてその禁止を求める本訴主たる請求は正当であるから之を認容し、従つて原告の予備的請求の判断を省略することとし、訴訟費用について民事訴訟法第八十九条を適用し、なお原告は本訴請求について仮執行の宣言を求めているが、今直ちに仮執行を許すことは被告の蒙る損害の甚大なるべきに鑑みこれを許すことは相当でないと認められるので之を許さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 観田七郎 辻三雄 柳原嘉一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例